556 :雷鳥一号 ◆zE.wmw4nYQ [sage] 投稿日:2012/10/01(月) 19:38:22.12 ID:nCLUNxF/0 [1/4]
知り合いの話。
彼女は里山に囲まれた田園地帯に住んでいる。
幼い息子を幼稚園に車で送迎するのは、彼女の分担なのだそうだ。
ある日、農作業に手間取ってしまい、うっかりと迎えの時間を忘れていた。
気がついてから慌てて母屋へ戻り、車のキーを取って車庫に走る。
車を門から出したその時、当の息子がこちらへ歩いてくるのが見えた。
右手だけ宙に上げて、嬉しそうにニコニコしながら、農道の上を進んでくる。
「えっ、まだ年少さんなのに一人で帰ってこれたの?」
驚いて我が子を見つめているうち、奇妙な事に気がついた。
息子の背後から、夕暮れの太陽が差しかけて、地面の上に長い影を作っていた。
息子の影と、その横に寄り添うような、もう一つの大きな人影を。
まるで見えない誰かが、息子の側に居るかのように。
思わず息を呑む。もしかして・・・。
息子が右手を空中に差し上げているのは、その誰かに手を引かれているのでは?
嬉しそうに口をパクパクさせているのは、その誰かと話を交わしているのでは?
我に返ると、指が白くなる程、ハンドルを強く握りしめていた。
557 :雷鳥一号 ◆zE.wmw4nYQ [sage] 投稿日:2012/10/01(月) 19:41:53.51 ID:nCLUNxF/0 [2/4]
(続き)
必死でドアを開けて、息子の名前を呼ぶ。
すると母親に気がついたものか、息子はこちらの方に駆けだした。
そのまま彼女に飛び付いてき、「ただいま!」と元気に叫んだ。
「お、お帰りなさい・・・えっと、一人で帰ってきたのかな?」
恐る恐るそう訪ねると、首をブンブンと横に振り、変なことを言う。
「違うよ! 山の小父ちゃんに送ってきてもらったんだよ!」
「山の小父ちゃん?」
聞くところによると、彼の通っている幼稚園には、以前より不思議な小父ちゃんが
現れるのだという。
不思議というのは、どうやら大人には、その姿が見えていないらしいのだ。
しかしこの小父ちゃん、一緒に遊んでくれたり、暴れる子が居ても優しく諭したり
するので、子供達には絶大な人気があるとのこと。
迎えの来ない子を時々送ってくれることもあるといい、今日は息子がその世話に
なったということなのだそうだ。
幼稚園が閉まる頃、小父ちゃんは別れの挨拶をしてから、裏手の山に姿を消すので、
皆から「山の小父ちゃん」と呼ばれている――。
息子は嬉しそうにそう話してくれた。
息子を連れて家に入り、おやつを与えておいてから、園に電話をした。
不審者が息子を連れ回したかと考えたからだが、担当の先生は怪訝な声を上げる。
「あれ、○○君はさっき、奥さんが御自身で迎えに来られたじゃないですか。
変なことを言わないで下さいよ、怖いなぁ」と、笑われた。
血の気が引いたという。
558 :雷鳥一号 ◆zE.wmw4nYQ [sage] 投稿日:2012/10/01(月) 19:45:12.55 ID:nCLUNxF/0 [3/4]
(続き)
夫が帰宅してから相談したところ、こう言われた。
「その小父ちゃんっていうのは、イマジナリー・コンパニオンって奴だと思うよ。
確か、子供が空想で作り上げる、実在しない友達のことだったかな。
集団心理とか何かで、皆が同じ空想を共有してるんじゃないか」
などとわかったようなことを言う。
「そんなことって有り得るの?」信じられずに問い返したが、
「さぁ、それは正直わからないけど。
でもあそこ、僕が中学生の頃からそんな噂があったんだぜ。
子供の世話をする、子供にしか見えない何かが居るって。
その噂を元に子供達が空想したのが、山の小父ちゃんなんじゃないかな。
実際、喧嘩の仲裁をしてくれたり、一緒に遊んでくれたりするんだろ。
肯定的に捉えても良いんじゃないかい。
え、何? 君の姿を写し取ったって? それは職員の勘違いだろうよ」
夫はそう言って泰然としていたという。
それ以上誰かに相談することはしなかったが、彼女は釈然としなかった。
だって彼女は、アレを見てしまったのだ。
息子の側に立つ、影だけを道に落とす何者かを。
それとも、知らぬ間にこの自分自身も、園児達が作り上げた空想の中に
取り込まれてしまっているのだろうか。
いくら考えても答えは出なかった。
559 :雷鳥一号 ◆zE.wmw4nYQ [sage] 投稿日:2012/10/01(月) 19:48:29.61 ID:nCLUNxF/0 [4/4]
(続き)
「それからどうしたの?」
ドキドキしながら私がそう聞くと、彼女は苦笑しながらこう答えた。
「難しいから、考えるの止めちゃったわ。
誰にも真実なんてわからないし。
実際これまで、あの園では、不審者絡みの問題は起こっていないしね。
ただ、あれから送り迎えの時間だけは、絶対忘れなくなったわよ」
今でも息子さんは、元気にそこの幼稚園へ通っているということだ。
- Newer: 【恐怖動画】近づく足音
- Older: 【稲川淳二】テントを覗く無数の眼